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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)7716号 判決

原告(反訴被告) 甲野雪子

右訴訟代理人弁護士 小林芳郎

被告 乙野花子

被告(反訴原告) 乙野太郎

右両名訴訟代理人弁護士 鈴木弘喜

主文

一  原告と被告乙野花子との間において、被告都丸好一の被告乙野花子に対する別紙物件目録記載の土地及び建物にかかる昭和五〇年四月三日付贈与行為を取消す。

二  被告乙野花子は原告に対し、右土地及び建物につき東京法務局板橋出張所昭和五〇年四月一一日受付第一五四四一号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  被告乙野太郎は原告に対し、右土地及び建物につき、別紙登記目録記載の抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記の各申請手続をせよ。

四  被告両名は各自原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和五一年五月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。

六  反訴原告の反訴請求を棄却する。

七  訴訟費用中、反訴のみに関する分は反訴原告の負担とし、その余は被告両名の負担とする。

八  第四項に限り仮に執行することができる。

事実

一  原告(反訴被告、以下単に原告と略称)代理人は、(一)主文第一ないし三項同旨、(二)金額を金二〇〇万円とするほかは主文第四項同旨、(三)「訴訟費用は被告ら及び反訴原告の負担とする。」との判決並びに右(二)の請求につき仮執行の宣言を求めた。

被告ら(被告太郎は反訴原告、以下単に被告と略称)代理人は、本訴につき「原告の被告らに対する各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決、反訴につき「一、反訴原被告間において、東京法務局所属公証人土田義一郎昭和五〇年三月一九日作成同年第四四六号代物弁済予約抵当権設定債務弁済契約公正証書第一条記載にかかる反訴原告の反訴被告に対する昭和四七年六月一七日付金銭消費貸借に基く金四〇〇万円並びに昭和四九年七月三一日付金銭消費貸借に基く金四八〇万円の各債務は存在しないことを確認する。二、訴訟費用は反訴被告の負担とする。」との判決を求めた。

二  原告代理人は、請求の原因及び答弁として次のとおり述べた。

(一)  原告と被告太郎との間において昭和五〇年三月一九日、公正証書(東京法務局所属公証人土田義一郎作成同年第四四六号代物弁済予約抵当権設定債務弁済契約公正証書)を作成して、同被告が原告に対し負担する従前の債務を目的とし、元本(1)金四〇〇万円(昭和四七年六月一七日付消費貸借と表示)、(2)金四八〇万円(昭和四九年七月三一日付消費貸借と表示)の二口の消費貸借とし、いずれも弁済期昭和五二年八月二四日、利息年一五パーセント、遅延損害金日歩八銭二厘の約の準消費貸借契約を締結し、かつ、被告太郎が右元本合計金八八〇万円の消費貸借債務を負担することを確認するとともに右債務を担保するため同被告所有の別紙物件目録記載の本件土地建物につき次のとおり約束し抵当権設定及び代物弁済予約の契約を締結した。

(1)  被告太郎は原告に対し右債務を担保するため本件土地建物について順位第一番の抵当権を設定し、直ちにその登記手続をする。

(2)  被告太郎が右債務の弁済を怠ったときは、原告は右抵当権の実行に代え本件土地建物の所有権を代物弁済として取得することができる。

(3)  被告太郎は原告に対し右代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記手続をする。

(4)  被告太郎は、原告の承諾なく、本件土地建物につき所有権移転その他原告に損害を及ぼす行為をしてはならない。

(二)  被告太郎及びその妻被告花子は共謀して、前項の契約による被告太郎の義務の履行を不能にする目的で、昭和五〇年四月三日本件土地建物につき、被告太郎から被告花子に対し、これを贈与する契約をし、右贈与を原因として東京法務局板橋出張所同年同月一一日受付第一五四四一号をもって所有権移転登記手続をした。

(三)  被告太郎は当時他に資産がなく、本件土地建物を他へ譲渡すれば原告の債権が害されることは明らかであったのに、被告太郎は敢えて前記贈与をなし、被告花子は事情を知りながら悪意で贈与を受けたものである。

よって原告は、被告太郎の右贈与行為につき、これを詐害行為として取消しを請求する権利がある。

(四)  被告両名は、原告が前記契約の履行を受けることができなくなることを目的とし共謀して前記贈与契約をして本件土地建物の所有名義を被告太郎から被告花子に移転した不法行為により、原告に対し訴訟手続等による回復に要する費用額相当の損害を被らせたものであるから、各自原告に対し右損害を賠償すべき義務があり、右費用相当額は金二〇〇万円を下らない。

(五)  前記準消費貸借(1)の金四〇〇万円は、原告が昭和四六年四月頃から前後八回位にわたり貸付けた金員の合計額であり、同(2)の金四八〇万円は次の事情によるものである。昭和四九年七月頃被告太郎から原告に対し本件土地建物を代金一二〇〇万円で売渡し、右代金の内金四〇〇万円は前記(1)の貸金四〇〇万円をもってこれを充てることとし、内金四八〇万円は、原告経営の美容院「えどがわ」(江戸川区西瑞江三の二二)の店舗を訴外穴沢孝男に売却し穴沢から受領した代金四八〇万円をもって支払うこととし、残代金三二〇万円は、被告太郎が訴外日本住宅公団(同被告に対する本件土地の売主)の約定買戻期限が経過したのち原告への移転登記手続と同時に支払うこととする約束をし、原告は、右金四八〇万円を被告太郎に交付し同被告より本件土地建物の登記済権利証、印鑑証明書、白紙委任状を受領したうえ本件土地建物の引渡しを受けて居住するに至ったところ、昭和五〇年三月頃被告ら夫婦の申し入れにより本件土地建物の右売買を取りやめることとし右交付代金四八〇万円の返還債務を借金債務に改めることとしたものである。

被告太郎が経営する訴外みやこ商事有限会社と美容院を経営する原告とが美容材料の取引をして、原告と被告太郎が知り合い昭和四六年四月頃から情交関係に入ったことは認めるが、被告ら主張の通謀虚偽表示に関する事実は否認する。

被告夫婦の仲が悪くなった理由は、被告太郎が競輪狂のうえ女癖が悪く得意先の美容院経営主たる女性と情交関係を結び、売上金を吸い上げて競輪等に費消したため、会社の経営が悪化し倒産するに至ったからである。

原告は昭和三四年二月美容師免許を取得し、北海道小樽市で美容院を経営していたが、上京して昭和四五年から都内で美容院を経営してきた。原告は被告太郎と情交関係に入ってから、同被告に懇請されて融資を重ねたうえ、事業の資金繰りに困った被告らの求めにより「えどがわ」の店舗を売却して資金を作り本件土地建物を買受けたのである。原告は美容師としての技術一本で身を立ててきた法律知識も常識にも乏しく公正証書の持つ意味すら十分理解できない女性であり、被告夫婦は原告の知能の乏しいのに乗じて金銭を騙し取り原告からの借金を踏み倒すことを共謀し本件土地建物を被告太郎から被告花子に所有権移転登記をしたのである。

(六)  原告と被告太郎とは昭和五〇年三月頃まで情を通じていたものであるが、昭和五〇年四月中旬頃から被告ら及びその知人と称する暴力団員が原告居住の高島平の本件建物に無断で鍵をこわして入り原告の現金や物品を持出し、深夜にいやがらせの電話をよこし、また原告外出中に本件建物から原告の品物を戸外に放り出して鍵を取り替えたり、当時原告が経営していた美容室「サン」の家主と共謀して店舗にシャッターを取付けたり釘付けしたりして原告の立入りを不能にした。

そこで原告は、第一東京弁護士会及び法律扶助協会に相談する一方、知人の援助により中野区中央○丁目に美容室「ナカ」を開店し本件建物から転居したのである。

その後、被告太郎は、原告に対し、被告花子との離婚ができた旨虚偽の事実を告げ、原告と被告太郎が結婚し夫婦となれば今までの金銭貸借はなくなるとの詐述を用いて乙第一号証の誓約書を原告所有の帳面に記載させ、後日原告保管中の同号証を盗み出したものである。同号証は、原告が弁護士会や法律扶助協会に相談し本件原告訴訟代理人に訴訟委任後に被告太郎の高度の詐述により作成され同被告に交付されず原告が保管していたものであるから証拠としての価値がない。

(七)  よって、原告は、被告花子との間において被告太郎の本件贈与行為に対する詐害行為取消しを求め、被告花子に対し本件所有権移転登記の抹消登記手続、被告太郎に対し抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記の各申請手続、被告両名に対し損害賠償として金二〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和五一年五月一四日以降の年五分の割合による遅延損害金の各自支払をそれぞれ求めるため本訴に及ぶ。また、反訴請求は失当である。

三  被告ら代理人は、答弁及び反訴請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  原告主張(一)項中、原告と被告太郎との間において昭和五〇年三月一九日、原告主張(1)及び(2)の消費貸借債務負担を確認して原告主張の内容の弁済期、利息損害金の約定、抵当権設定及び代物弁済予約の契約をする旨記載がある主張の公正証書が作成された事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  原告主張(二)項中、被告花子が被告太郎の妻であること及び原告主張の所有権移転登記を経たことは認めるが、その余の事実は争う。

(三)  原告主張(三)項は争う。

(四)  原告主張(四)項は争う。

(五)  被告太郎が原告から合計金四〇〇万円を借受けた事実はなく、また、原告が経営する主張の美容院「えどがわ」を訴外穴沢孝男に代金四八〇万円で売却したことはあるが、被告太郎が右金四八〇万円を受領したことも原告に本件土地建物を売渡す約束をした事実もない。

被告太郎は、原告に対し同被告所有にかかる本件土地建物の登記済権利証、印鑑証明書のほか金銭借用証書の用紙に署名捺印しただけのもの(甲第二号証)を交付し、原告を本件土地建物に居住させ、その後も毎月印鑑証明書を交付し、さらに本件公正証書を作成したけれども、その事情は次のとおりである。

被告太郎は、同被告が経営していた美容材料販売業の訴外みやこ商事有限会社と美容院を経営する原告との間で美容材料の取引をしていた関係で、原告と知り合い、昭和四六年四月頃から原告と肉体関係に入った。この関係は昭和四九年九月頃被告花子に知られ、その頃から原告は被告太郎に対し、被告花子と離婚して原告と結婚するよう迫るようになった。そして原告は、被告夫婦離婚の場合被告花子から多額の慰藉料を請求されるので、被告太郎の財産を被告花子から守るため、原告との間で公正証書を作成することを被告太郎に主張するようになり、被告太郎は原告から求められるままに権利証等前記書類を交付した。被告太郎の右不貞行為のため被告夫婦の仲は破綻に瀕し、昭和五〇年三月頃には離婚もやむをえない状態になり、被告花子から財産分与及び慰藉料として本件土地建物及び中野区沼袋所在の土地建物の所有権を移転するならば協議離婚に応じてもよい旨申し出て、被告太郎もこれに同意した。同年三月一七日に右所有権移転に関する書類を作成したが、被告太郎から右のことを原告に告げたところ、原告は被告太郎に対し、右財産を被告花子に取られないようにするため、金八八〇万円の高利の貸借があって元利金がかさみ返済ができなくなって本件土地建物が原告の所有になるような公正証書を作り原告と結婚後にこれを被告太郎に戻すことを提案し、強く主張して遂には太郎の家まで書類を持参し訪ねて来るようになったので、被告太郎は、原告の勢いに押されてやむをえず原告の提案を容れ、実際には原告に対し債務を負担していないのに、負担するように装い本件公正証書を作成した。

したがって本件公正証書による契約は通謀虚偽表示による無効の契約である。

被告太郎から被告花子に対する前記不動産の所有権移転登記をしたのち、被告花子が離婚届に署名捺印しないでいたため、被告太郎は被告花子を相手どり東京家庭裁判所に調停申立をした。被告両名は冷静に話し合った結果、被告太郎は原告との関係を絶つことを承知し、子供もあることであり、再び被告夫婦は婚姻生活をやり直すことにした。

被告夫婦の離婚が回避されたので、前記不動産についてなした所有権移転登記を抹消することとなったが、原告の申請により仮処分がなされていて原告が抹消登記に同意しないため今日まで右抹消登記の手続ができないのである。

(六)  原告と被告太郎とは昭和四九年一〇月頃から昭和五〇年六月頃まで高島平の本件土地建物で同棲同様の生活をしていたが、右関係を清算することにし、右両名間で仮装した本件土地建物の売買契約や計八八〇万円の金員貸借が事実でないことを確認し合うため、昭和五〇年八月九日原告は被告太郎の求めに応じて任意に誓約書(乙第一号証)を作成した。右誓約書には、原告と被告太郎との間には八八〇万円の金銭貸借がないこと、被告太郎が原告名義で家を借りてくれれば本件土地建物から移転することが記載されており、原告は右誓約書で約束したとおり本件土地建物から立退いている。

(七)  よって、原告の被告両名に対する本訴請求は失当であり、反訴として被告太郎は、原告との間において本件公正証書第一条記載の二口の消費貸借債務が存在しないことの確認を求めるものである。

四  証拠関係《省略》

理由

一  原告と被告太郎との間において昭和五〇年三月一九日原告主張の公正証書が作成され、右公正証書には、同被告が原告に対し(1)昭和四七年六月一七日付消費貸借に基く金四〇〇万円及び(2)昭和四九年七月三一日付消費貸借に基く金四八〇万円の各債務を負担することを確認し、原告主張の弁済期、利息損害金の約定、並びに本件土地建物にかかる抵当権設定及び代物弁済予約の契約をする旨記載されていること、被告花子が被告太郎の妻であること、本件土地建物につき同年四月一一日受付をもって被告太郎から被告花子に対する同月三日贈与を原因とする所有権移転登記を経たこと、被告太郎が経営していた美容材料販売業訴外みやこ商事有限会社と美容院経営の原告との間に美容材料の取引があって同被告と原告は知り合い昭和四六年四月頃から情交関係にあったこと、原告がその経営にかかる江戸川区西瑞江所在の美容院「えどがわ」の店を訴外穴沢孝男に代金四八〇万円で売却したこと、被告太郎が原告に対し板橋区高島平所在の同被告所有にかかる本件土地建物の登記済権利証及び印鑑証明書を交付したこと、穴沢への前記店舗売却後、原告は本件建物に居住していたが昭和五〇年六月頃以降に転居したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、次の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

原告(昭和一三年生れ)は、出身地北海道の高校を卒業後、美容学校に入学し資格を得て美容師業務に従事し、昭和三六年頃上京して美容院勤めをしたのち、昭和四五年頃独立開業して以来殆んど一人で美容師の業務を行って美容院を経営してきた。

原告は、離婚歴ある独身の派手好みで男好きのする女性であり、教養及び思慮に乏しく軽率で男と金銭に締りのない性格である。

被告太郎(昭和七年生れ)は、三歳年下の妻被告花子と昭和三四年に結婚し、夫婦間には昭和三五年生れの長男と昭和三八年生れの長女があり、昭和三八、九年頃から被告夫婦は会社組織(みやこ商事有限会社)で従業員を使用し美容材料販売業を営んできたが、この事業は昭和五〇年二月下旬頃倒産した。

被告太郎は、中野区沼袋二丁目に宅地(七九・三〇平方米)及び同地上の木造二階建店舗兼居宅建物一棟を所有して前記会社営業の店舗を構えるとともに妻子と同居していた。

被告太郎は、抽せんに当たり昭和四七年七月に日本住宅公団から板橋区高島平の本件土地を買戻約定付(買戻期限昭和五〇年一二月二一日)で買受け、昭和四八年にその地上に本件建物を新築し同年一〇月同被告名義の保存登記(右登記上の住所を本件土地建物所在地とするもの)をし、ここに従業員を居住させていたが、同年一二月に本件土地建物に抵当権を設定して住宅金融公庫から融資を受けるに当たり、本件土地についても本件建物と符合させて同被告の登記上の住所を同土地所在地とする住所変更の登記をした。

「えどがわ」経営中の原告と情交関係を生じたのちの昭和四七年六月頃から、被告太郎は時折原告から数万円ないし数十万円の金員を借用することを重ねていたが、会社倒産の前年昭和四九年六月頃には前記会社の経営が不振で事業資金に窮するようになり、被告夫婦は相談のうえ高島平の本件土地建物を売却処分することとし、被告太郎は、情交関係を深めていた原告に対し、本件土地建物を代金一二〇〇万円で買受けるよう求め、その売買代金には、それまでの原告からの借金合計四〇〇万円を一部に充てるほか「えどがわ」の店を他に売却(営業譲渡)してその代金をもって支払の一部に充てるよう要請した。

原告はこれを承諾し、その頃被告太郎との間において、右充当貸金計四〇〇万円及び「えどがわ」売却代金をもってする支払金額を差引いた残代金は、前記住宅公団の買戻期限(昭和五〇年一二月二一日)で経過し売買契約の履行に障害がなくなった時に支払い、同時に原告に対する所有権移転登記手続をすることとして、代金一二〇〇万円で本件土地建物を売買することを合意した。右約束により、原告は昭和四九年六月四日訴外穴沢孝男との間において、被告太郎立会のうえ、「えどがわ」の店(店舗賃借権、造作、美容器具一切を含む営業)を代金四八〇万円、内金一〇万円は契約時払、残金四七〇万円は売買目的物引渡時払の約で穴沢に売渡す旨の売買契約を締結し、同日原告は穴沢から右金一〇万円を受領して被告太郎に交付し、同年七月三一日頃、穴沢に「えどがわ」の店を引渡し穴沢から残金四七〇万円(ただし訴外東京都商工信用金庫新小岩支店長振出の小切手)を受領したうえ、これを被告太郎に交付し、被告太郎は原告に対し本件土地建物及びその登記済権利証を引渡し、原告は本件建物に入居した。

本件土地建物売買に関し、被告太郎は同年一〇月八日頃原告に対し、売買代金の領収証(甲第九号証、領収金額が七八〇万円になっているが、八八〇万円と記載すべきものを誤記したものであることは被告太郎本人がその当事者尋問において供述するところである。)及び印鑑証明書のほか、登記申請用の白紙委任状を交付し、印鑑証明書については更新する意味で同年一二月一一日頃及び昭和五〇年一月末頃にも追加交付した。

原告は、「えどがわ」売却後、中野区沼袋の美容院「ジェー」に雇われて本件建物から通勤し、同年一〇月には、被告太郎の紹介で北区浮間に店舗を借り、美容院「サン」を開業し、その資金は国民金融公庫から融資を受けた。

右勤務美容院「ジェー」の店舗が被告夫婦住居の隣家にあり、また被告太郎が原告居住の本件建物に自由に出入りして原告との関係を深めていたため、二人の関係は被告花子に疑われるに至った。

被告太郎は、次第に高島平の原告方に入りびたって原告と同棲同様の生活をするようになり、原告に対し、被告花子と離婚して原告と結婚する旨約束し、昭和五〇年二月初頃には二人で婚礼衣裳を着けて記念写真撮影をしたこともあった。

同月下旬頃被告ら経営の前記会社は倒産したが、その頃被告太郎と原告との関係を知った被告花子は、高島平の原告方に怒鳴り込み、原告に対し本件土地建物の売買を取りやめる旨通告して権利証の返還を要求した。

被告太郎も右売買の解約を原告に求め、原告は、これを承知したが、売買代金の一部に充当済み及び支払済みの金員の返還を求めたため、被告太郎は原告に対し、前記代金充当にかかる計四〇〇万円の借金及び受領した四八〇万円を合計した金八八〇万円につき、その返還に代えて原告に対し負担する借金債務とすることとし昭和五二年八月二四日限り一括返済、利息年一五パーセントとすることを約束して、その旨の金銭借用証書(甲第二号証、ただし、日付を遡らせ昭和四九年七月三一日付としたもの)を作成して原告に交付するとともに、昭和五〇年三月一九日公証人役場に原告及び被告太郎が同道して出頭し本件公正証書作成の手続をして原告主張(一)項(1)及び(3)の各登記の約束をした。

ところが、その頃被告太郎は、被告花子を相手方として、妻である同被告から肉体関係を拒否されたとして夫婦関係調整の調停を東京家庭裁判所に申立てる一方、別に被告花子と話し合い本件土地建物を中野区沼袋の土地建物とともに被告花子に贈与することとし、同年四月七日本件土地建物につき所有名義人たる被告太郎の住所変更(高島平から沼袋へ)の登記手続を了して原告に交付済みの印鑑証明書を使用不能にし、さらに同月一一日に同月三日付贈与を原因とする被告花子への所有権移転登記手続をした。これに先立ちその頃沼袋の土地建物についても同様所有権移転登記を経た。

同年三月及び六月に、被告花子は、原告の住居である本件建物に原告不在時に侵入して家捜がしをし物品を持ち去ったことがあり、その際に前記白紙委任状が紛失したが、右六月の時は、事前に被告太郎が原告をゴルフ等の遊興に誘い出し不在にさせて被告花子の家捜がしに協力した。

被告太郎の行動から、原告は同被告に対する不信の念を抱き同年四月頃情交関係を一時中断したが、被告太郎は、言葉巧みに(同被告の能弁は本件訴訟における当事者間尋問における供述にも現われている。)原告に言い寄り、間もなく情交関係の復活に成功し、その一方で、同被告は、同年四、五月頃前記結婚記念写真を撮影した業者佐藤鉄のスタジオに親族の者と思われる老婦人を差し向けて、原告による写真焼き増しがなされていないことを確認のうえネガフィルムの廃棄処分をさせて証拠を隠滅する工作をした。

原告は、被告太郎から騙されていたことに気付き、同年六月二三日に弁護士会及び法律扶助協会に相談し、同協会から指定された担当弁護士小林芳郎(本件原告訴訟代理人)に本件紛争に関する訴訟委任をし、また、被告花子の侵入、物品持去りに遭うなどしたため同月中に中野区中央○丁目所在の店舗を譲り受けてそこに転居し美容院「ナカ」を開業したが、原告訴訟代理人が本件土地建物につき処分禁止の仮処分を東京地方裁判所に申請していたことを知らなかった被告太郎は、さらに工作をすすめ、右仮処分決定の日である同年八月九日原告に対し、被告花子との離婚調停を申立中であり同被告と離婚のうえ原告と結婚するが夫婦になればその間の金銭貸借はなくなる旨説いて誓約書を書いておくよう求め、当時不信の念を抱きながらも被告太郎との結婚に未練を残していた原告をして、概ね被告ら主張の趣旨の被告太郎宛誓約書(乙第一号証)を書かせた。

右誓約書は帳面になぐり書きをした体裁のもので、原告はこれを被告太郎に交付する気はなく自宅に保管していたが、同被告はこれをひそかに持ち去った。

前記情交関係一時中断後は、被告太郎は、沼袋の被告花子のもとに戻り、原告との同棲同様の状態は解消されていたが、被告夫婦間の前記調停事件において、同年一二月四日調停成立として調停調書が作成され、その内容は、被告太郎は原告(姓を甲町と誤記)との関係を解消して被告花子と円満な夫婦関係に復帰すること、本件土地建物及び沼袋の土地建物についてなした前記所有権移転登記を錯誤によるものとして抹消したうえ被告花子のため所有権移転請求権保全の仮登記手続をすること等のほか、原告との間の財産上の紛争につき被告夫婦は共同して対処することを定めるものである。

三  以上の事実によれば、被告太郎は原告との間で昭和五〇年三月一九日本件公正証書を作成することにより、従前の原告に対する借金計四〇〇万円と売買代金として受領したが返還すべきこととなった四八〇万円の各債務につき、改めて右二口の元本の消費貸借の目的とすることと合意して準消費貸借の契約をしたものであり(右従前の債務が存在せず本件公正証書による契約は通謀虚偽表示であるとの被告ら主張事実を認めるに足りる証拠はない。証人丙野竹は、本件紛争発生後に、原告に対し、借用証書がない点を追及したところ、原告は実際には金員貸借が存在しないことを白状した旨供述する。しかし、正確には本件公正証書第一条に記載するとおりの二口の金員貸借がなされていないことは前認定のとおりであり、また同証人の供述は、原告に対する異常なほどの敵対感情を露骨に現わす内容のもので、同証人は原告に不利な証人となるためにみずから進んで被告らに連絡したというのであるが、原告本人尋問結果(第一回)によると、原告は、本件の紛争について同証人及びその夫に相談するうち、同証人の夫から言い寄られたことがあり、これを同証人が知って原告を憎悪するようになったことが認められ、同証人の供述は被告ら主張事実を認めるべき証拠として採るに足りないものである。)また、右準消費貸借の契約に当たり被告太郎は原告に対し担保として同被告所有の本件土地建物につき原告主張の抵当権設定並びに代物弁済予約及びその旨の仮登記の約束をしたものであるが、その後被告太郎は被告花子と結託して、被告太郎の全財産である高島平の本件土地建物及び沼袋の土地建物(他に同被告が当時資産を所有していたことを認めるに足りる証拠はない。)を被告花子に贈与して、原告の右抵当権及び仮登記権利の確保を不能ならしめ右準消費貸借債権の満足を妨害したものである。そして右贈与により原告が被告太郎に対し有する抵当権設定登記及び代物弁済予約による所有権移転請求権保全仮登記の各申請手続を請求する債権を害されることにつき、被告花子において善意であったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、右の原告の権利に対する妨害の行為は被告太郎の詐害行為として原告において取消しを求めることができるものであるのみならず、原告に対する被告両名の共同不法行為として、原告においてその権利を確保するため本件訴訟の手段に訴えることを余儀なくされたことにより被るに至った費用相当額の損害につき被告両名に対し賠償を求めることができるものである。

そして、《証拠省略》によると、本件訴訟については、昭和五〇年六月二三日法律扶助協会の審査の結果、仮処分登記の登録税は別途立替支給するほか、訴訟費用概算実費として金二万円、弁護士費用中手数料として金二万円を立替支給し、弁護士謝金は事件完結後法律扶助審査委員会部会において決定する額による旨の報酬契約がなされたことが認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、原告が被った相当因果関係ある本件訴訟に関する費用相当額の損害は、この判決主文第七項により被告らの負担と定める訴訟費用を除き、報酬を含む弁護士費用額を主として合計金一〇〇万円をもって相当と認められる。

さらに、被告花子は、右詐害行為取消しによる原状回復のため、本件所有権移転登記の抹消登記手続をなすべく、被告太郎は、本件公正証書による契約に基き、原告のため抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記の各申請手続をなすべき義務がある。

また、本件公正証書第一条にかかる原告の被告太郎に対する準消費貸借債権は前認定のとおり存在するものであり、同条の記載する消費貸借の日付等において誤りはあるが、右の誤記により債権が不存在となるものではないから、その不存在確認を求める被告太郎の反訴請求は理由がない。

四  よって、原告の本訴請求は、そのうち受益者たる被告花子に対する関係で被告太郎の本件贈与行為の取消し、被告花子に対する本件所有権移転登記の抹消登記手続、被告太郎に対する前認定の契約に基く抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記の各手続の履行、被告両名に対する前記損害金一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和五一年五月一四日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める各請求の限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべく、被告太郎の反訴請求を失当として棄却すべきものとし、民訴法八九条、九二条但書、九三条一項本文、一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

〈以下省略〉

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